食の安全について想うこと

 今日の昼食に久しぶりに牛タン焼を食べた。 旨い牛タンを食べさせる店が激減している中,そこでは何とか味をキープしていた。 牛タンは米国に頼っていたのであるなとしみじみ思う。 しかしながら,米国産の牛肉のひどい飼育環境を知らされた今では,輸入再開は永遠にしないほうが良いのではないだろうかと思う。 

 吉野家のショートプレートというばら肉をとる牛は鶏糞に砂糖黍殻を混ぜた物を餌にしているという話はご存知だろうか? そして,その鶏糞の提供元である鶏だが,不衛生極まりない鶏舎で病的な状態のボロボロの鶏に牛,豚,鶏,あらゆる家畜,ペットの死骸から作られた肉骨粉を与えており,BSEでつぶされた牛も躊躇なく餌に加工されているそうである。 そしてそれは合法であるから何の問題もないと米国サイドは主張する。 その飼育の現場を徹底的に取材して世界のマスメディアに載せてみればどうだろう? そうすれば誰も米国産牛肉を買わなくなるはずだが,政治の力というのはその当たり前の情報提供をすべて握りつぶしてしまうのだろう。

 既にアメリカの教育と所得がハイレベルの家庭では,ファーストフードは絶対に食べないし,肉も身元のはっきりしないものしか食べないというのは当たり前になっている。 ジェームズスパーロックがスーパーサイズミーという映画で取り上げていたのは肥満だが,食の危険についても掘り下げて欲しいと思う。 アメリカは恐らく人口が爆発しつつある21世紀を食のコントロールで覇権を握ろうとしているのであろう。 それは結構だが,そのおかげで健康被害を被るのは勘弁していただきたいものである。

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